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存在の耐えにくい「居心地の悪さ」

2007-02-09

熊野純彦「レヴィナス入門」(ちくま新書)
レヴィナス入門
知ってる人は誰でも知ってる話だと思いますが、
自分の感覚というかそれに当てはまる言葉とでもいうべきものを、
この本を通読してやっと探りあてました

安岡章太郎、色川武大。
代表作にとどまらず、目についたものは読み進めてきた、大好きな作家です。
共通してあてはまるのは、
屈託
ただあてはまるというだけでなく、生きてる以上避けられない感じ、
息苦しさが伝わってくる。あと倦怠と。

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テーマ : 哲学/倫理学
ジャンル : 学問・文化・芸術

隣町の眼鏡橋と新感覚スケボー

2010-05-08

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この連休の収穫は、
たまった名刺をスキャナで読み込みまして
本格読取 おまかせ名刺管理 2って格安ソフトのおかげで
データベース化できたことです。
効率は悪いですが
単純作業の繰り返しが骨休めになり
ふだんのペースを取り戻せた気がします。

そうはいってもそれだけじゃ
当然、運動不足になるんで
うち2日ほどは散にも出ました。

普段は行かない方角の
隣町の散策は面白かったです。
陸軍工兵学校跡については
哨舎が印象に残った位でしたが、
そこからアテもなくいた先で
新緑に囲まれたレンガの
小川にかかってるのに
出くわしました。
眼鏡橋01
古い眼鏡の上に
バスの通行を支える
コンクリートのが載っかってるって構造に
今まで気づいてませんでした。
眼鏡橋02
反対側から見るとすっきりした感じです。
岸辺に咲くのは河津桜だそうです。
すっきりしてない側の岸辺は
運河とは思えないような自然の豊かさで、
わざわざ遠くまで
自然を求めに行かなくても
また楽しめそうでした。
川沿いの住まい
これも岸辺のアルバムの1枚。
今でもこういう家に住みたいと思ってまして
家族にはちょっと呆れられます。
煮しめたような板塀に
ガキの頃の近所の風景が
重なるんだと思います。

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テーマ : どうでもいい報告
ジャンル : 日記

はだかの文明化

2011-01-15

中野明「裸はいつから恥ずかしくなったか」(新潮選書)
裸はいつから恥ずかしくなったか
ほかの予約本を図書館から借りるために
期限切れで返したことのある本です。
それでも続きが読みたくて
また借りました。
貴重な情報は「情報考学 Passion For The Future」さんの記事から
いただきました。トラックバックしました。

江戸時代の庶民ははだ脱ぎの生活や行水
銭湯の混浴も厭わなかったため、
西洋人がやってくると
好奇心と驚異の目にさらされたそうです。
多彩な資料をひいてあり
それだけでも興味をそそられます。
近頃の新書本は参考文献の少ないものが多く
テーマを深く掘っていないので、
このテーマへの著者の傾倒ぶりが窺えます。

はだか」「ハダカ」「裸」「ヌード」と並べていくと、
服を着ていないことへの
視線や態度が変わってくのが判ります。
著者はこれを日本文化の西洋文明化と関連づけて
考察してます。
ひらがなだと真剣・本気・誠実というニュアンスもあります。
カタカナだと服を着ていることとの区別がはっきりして
そこから羞心が生まれてくる気がします。
漢語だと鑑賞用という感じがして
少し無理やり欲望を芸術に昇華してる気がします。
外来語だともう、すっかり
子どもに隠して見るものの記号になってます。

羞恥心が文化から生まれてくる、というのは
ごく自然な考察で
日本人は急激な文明開化によって
複雑に折り曲げた羞恥心をもつようになった、
というところが著者の主張の
オリジナリティーに感じました。

それも、外圧ではなく自粛によるトラウマであり、
明治維新は薩長に代表される下級武士によって推進されたため、
極端に西洋人を意識したお触れと取り締まりを行って
政権を維持しようとする必要があった、
という指摘が面白かったです。

日本人の神経症性は黒船来航から始まったという分析を
その昔、岸田秀の本で読んで
ずっと引っかかっているのですが、
そういう傍証の立て方もあるのかと思いました。

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テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

人文科学からみた「世間」

2011-06-04

阿部謹也「「世間」とは何か」(講談社現代新書)
「世間」とは何か
図書館で借りた本に合わせて
古い装丁の画像を紀伊國屋書店BOOK WEBから
お借りしました。
今売っている新しい装丁だと、
いわゆる腰巻に
「日本社会の本質をえぐる歴史的名著」と
大きく書かれてます。
確かに、久々に読み応えのある新書でした。
日本の古典を読み解く深さから
著者の教養を感じました。
しばらくして、また読み返したいです。

まずは自分なりの感想から。

和歌に詠まれた「間」は
庶民の暮らしとかけ離れたところにあったのでは?と考え
記述に入れ込みにくいと思いました。
仏教における死後の救いと
では集団に人が埋没していることは
つながりがあるのかもしれません。

村人の罪を神様の判断に委ねる
鎌倉時代の審判制度は、
当時の納得性の高いしくみを表してて面白いです。
1週間以内に罰が当たらなければ無罪とか、
心がまっすぐならば熱湯に手を入れさせても大丈夫、
というような発想は
代合理性に照らせば荒唐無稽にも思えますが、
マスコミが容疑者や政治家を追及する
報道姿勢の奥底に今もきっと流れてます。

かなりページを割いてる
「徒然草」の文章には、
現代文と対照できる古文の副教材を
うんうん頷きながら読んだ記憶があるものが
いくつもありました。
著者は吉田兼好の視点に
人の萌芽をみてます。
貴族社会の「間」からそれだけ遠ざからないと
人の視点が持てなかったともいえますし、
視点を保ちたいから「世間」から遠ざかったともいえます。
高校の頃の自分もそうしたかったのかもしれません。

西鶴の小説をこんなにまとめて読んだのは初めてです。
歴史学者でありつつも、
その立場に囚われず自由に解釈してます。
予備校の教科書で問題文として読んだときは、
古典と現代文の中間で
かえってやりにくかった覚えがあります。
こんなに面白いなら(著者のように入院中とか)
流行りの「もう一度読みたい」シリーズのノリで
次々と読んでみたいと思いました。

漱石についての分析が
この本の核心(イイタイコト)であると思いました。
読んで分からないところはないんですが
もっとよく解るように
何度も読み返さないとまずい気がしました。
この問題に関して著者の考えが深いのだと思いました。
精神病跡学が漱石の病理を研究した結果とは
比べ物にならない位の深さを感じました。

そこから永井荷風、金子光晴と進むと
(自分がじっくり読んだことがないもんで)
洋行の経験と日本人としての感覚のギャップを扱う
実例(のバラエティ)としてしか理解できませんでした。

通して書いてみると
ちっとも咀嚼できてないのが改めて判ります。
はは、すみません。

よそさまのブログの書評にも書いてありますが、

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テーマ : 自由への道程
ジャンル : 学問・文化・芸術

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