スポンサーサイト

--------

Tag :

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

バナナはおやつに入りますか?

2009-01-10

流行りそうな予がします。
リンク先見つけたら追加していきますね。
バナナはおやつに入りますか
はてな匿名ダイアリーへのリンクです。
トーイチャンネットさんに教わりました。
「バナナはおやつに入りますか」
「総理は質に答えていない。入るのか入らないのか」
ふたつのいかけに対する答です。
・小泉総理時代
・安倍総理時代
・福田総理時代
・麻生総理時代
・小沢氏が総理大臣になったらたぶんこうなる
ネタバレではつまらないので、どうぞリンク先へ。
バナナが入ります
FC2 Blog Rankingブログランキング・にほんブログ村へ人気ブログランキングへ
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : お勧めサイト
ジャンル : コンピュータ

感情は縛ると切れる、とのこと

2009-02-07

森真一「自己コントロールの檻  感情マネジメント社会の現実」
 (講談社選書メチエ)

「自己コントロールの檻」
2000年に刊行された本のようです。
もうちょっと早く読めばよかったと思います。
手応えのある社会学の本を久しぶりに読みました。
理主義(理学主義)の浸透を藪睨みに描き出してます。

カウンセラー・精神科医・精神分析家が書く
自助マニュアルが流行った結果、
場面に則した形で情をコントロールしましょう
という、自己コントロールを強いられて
(しかも自ら進んでそうしたスタイルを身につけようとして)
社会がマクドナルド化している、
という指摘です。
治療やカウンセリングが成功する、ということと、
そのエッセンスを一般の人が活用する、ということとは、
別モンではないかと私も思ってきました。
生身の人間がいつも情をコントロールできている
必要はないと思うんで、
自分の情をコントロールできるようになりましょう、
という勧めは、真に胡散くさいところがあると思います。

自助マニュアル、EQの本、カウンセリング、コーチング、
能力主義や雇用流動化を推し進める動きに乗って動いていると、
日常生活においても、
マクドナルドの店員さんやキャビンアテンダントさんのように
機械的な「情の知性」を身につけた人ばかりになってしまう。
仕事上の役割ならばいいかもしれませんが、
日常生活がずっとそれでは息がつまりますよね。

周囲がそうやってポータブルな「情の知性」を
身につけていく(あるいは身につけた気になる)と、
コントロールできる水準というか基準というか、
期待されるレベルがおしなべて高くなり、
そんなにうまくコントロールできない人は「困った人」と言われ、
「すぐキレる人」などと扱われるようになり、
腫れ物に触るように接するつきあいが多くなり、
そうなると「困った人」の扱いに関するマニュアル本が売れ、
そう扱われた方の人が行き処のない感情をもてあました結果
「キレやすい人」は増えていく、
という図式化はとても面白いです。

中核となっている概念をここに要約して書くのは
私には難事業でして、

続きを読む

関連記事

テーマ : 対人コミュニケーション
ジャンル : ビジネス

晴れ間を気長に待つむずかしさ

2009-03-16

Tag : 屈託

読売新聞生活情報部「私のうつノート」(中央公論新社)
「私のうつノート」
図書館で予約した本を受け取るとき
確認のため書名を読み上げて
「~ですね」と渡されることが多いです。
この本のときは声に出さず、表表紙も見せずに
パーコードの読み取りを済ませた上で渡されました。
人は見た目だけでは分からないという認識を
やや過剰にもっているのでしょうか。
アルバイト職員の女性に
気を遣わせてしまったようで、
こちらがぎこちなくなりました。

うつがよくなって職場に復帰した人の中に
その次の再発がそう状態と
それで燃え尽きた後のうつ状態の繰り返しになって
経過が長くなってしまう人が増えてるらしいです。
この本のもとは
「使い減りしない」と自認していた記者さんが
自らの経過を書いた記事の連載です。
さすが「家庭欄の読売」と思いつつ
(copyrightは高校の時の政治経済の先生です)
リアルタイムで読んでました。

今回はそれに最新の知識を加えた
解説や補足がついてるというので
おさらいと補習が目的の再読です。
ぐあいが悪くなって
出社や仕事がままならない時期の描写は
内心の苦しみや葛藤が
ずんと伝わってきて重たいです。
つらい時期のことを思い出して書くのは
実際大変だった、
ということも書いてありました。
単なる手記ではなく
奥さんのコメントを取材して載せたり、
客観的に構成されているので
その分も読みごたえがありました。
その努力と苦闘ぶりに頭が下がりました。

続きを読む

関連記事

テーマ : 双極性障害〔躁鬱病)
ジャンル : 心と身体

身体と環境のあいだ、心

2009-06-28

Tag : アーハ!

佐々木正人「時速250kmのシャトルが見える
 ~トップアスリート16人の身体論~」(光文社新書)

「時速250kmのシャトルが見える」
心は身の外にある、
という考え方があるそうです。
風が吹いたら揺れるのが心、
と考えれば難しい話ではないかなと。
アフォーダンス」という
一言では説明しきれない概念を研究してきた
生態学的心理学の先生が、
トップアスリートにインタビューした
スポーツ誌の連載記事をまとめたものです。

アスリートが心身をどうコントロールして
コンディションを保つか、って視点は
特に珍しくないですが、
アスリートが身を取り巻く「環境」を
どうじてる(意味づけてる)のか、
どう制御しようとしてるのか、
環境と身の相互作用に関して
研ぎ澄まされた性と言葉をもつ先生が、
巧みに引き出してます。
バトミントン選手にとっての「空間」、
スピードスケート選手にとっての「氷面」、
棒高跳び選手にとっての「ポール」、
ボート競技選手にとっての川の「水」、
レスリング選手にとっての「隙」、
いずれも独特の意味づけと覚を
伴っているのがわかります。

うまく集中できた時に
の変化がコマ送りのようにじられる、
の中と外のあの「じ」が
きちんとことばになってます。
やったことない種目については、
そうそう、そうなんだよ、って処までは
じ取れませんでしたが、
にまとわりつく水や空気と
逆らわずに一体化していこうとする試みが
鮮やかに書かれてます。

競技中に色々なこと考えてるのは、
イチローだけじゃないんだなと
月並みですが改めて思いました。
FC2 Blog Rankingにほんブログ村 健康ブログ 心と体へ人気ブログランキングへ
関連記事

テーマ : モノの見方、考え方。
ジャンル : 心と身体

サンスをめぐる哲学

2009-08-16

Tag : 屈託

熊野純彦「メルロ=ポンティ
 哲学者は詩人でありうるか?」(NHK出版)

「メルロ=ポンティ」
「シリーズ・哲学のエッセンス」のうちの一冊です。
随分前に「レヴィナス」を読んで
想を書いたことがありました
最近は屈託に耽る暇もなく、
その分は生きてるじがしません
(ゼイタクな・・・)。

メルロ=ポンティは1961年に53歳で他界してます。
もっと長く生きてたら、
どんな著作を書いたのだろうかと考えると
すごく気になります。

日本語で読んでもフランス語で読んでも
(読めないけど)
よく分からなかった文献の中で、
右手が左手に触っているときは
左手も右手に触っている、
という相互作用の新鮮さが残ってます。
・・・ひょっとするとそれは都合のいい記憶で、
実は中村雄二郎の解説にあったのかもしれませんが。

味で覚を縛りつけるのではなくて、
覚の中から浸み出してくる味をじわっと味わうのに、
フランス語は適してるなあといます。

この本でも
哲学と詩の異同を論じる形をとって、
メルロ=ポンティの索を辿ってます。
「樹が私に語りかける」のは、
索の発端としてはアリですが、
哲学には禁じ手になっている
という狭苦しさを指摘してます。

メルロ=ポンティならば、
その狭苦しさを解き放つ想を
発展させられたんじゃないだろうか、
もし生きてたら・・・ですが。
改めてそんなことを考えました。
よく分かってもいないくせに。

この本を読んでも
メルロ=ポンティの想が
系統だててよく解るわけではありません。
でも、同じsensを持ってる人ならば、
メルロ=ポンティのファンにはなれるかも。
FC2 Blog Rankingにほんブログ村 科学ブログ 人文・社会科学へ人気ブログランキングへ
関連記事

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

問いを共有するメディア力

2010-04-07

Tag : アーハ!

山田ズーニー「あなたの話はなぜ「通じない」のか」(筑摩書房)
「あなたの話はなぜ「通じない」のか」
いつもいっつも図書館で借りて読んで
年に1冊か2冊は
改めて買い直して
手元に置いておきたくなります。
久々にその位引き込まれる本に遇いました。

高校生に小文の書き方を教える仕事から
発想が広がった、
理と共と信頼を伴ったコミュニケーションのとり方を
等身大の言葉で語りかけてくれます。
こちらのセンスの問題か、
読んでいる間は著者が女性であることを
思い浮かべられませんでした。
確かに相手の気持ちの読み方は
秘書のセンスにつながるところがあります。
理解した中身を示す理性や表現の明晰さも
同じ路線を踏襲している気がします。

メディア力、という言葉には戸惑いましたが、
勝手なこだわりがあるので。
派手な意味ではないパフォーマンスのセンス、
と言い換えてみます。
見え方を意識した見せ方、
伝わり方を意識した伝え方、
ってじです。
組織で働く上では必須だと思うので、
知り合いの若者や子供に
この本の存在を教えてあげたいじです。

会話の中で相手の問いを発見しそれを共する、
すぐにできれば何回も会わなくても
信頼したり信頼を得たりできる、とは

続きを読む

関連記事

テーマ : 対人コミュニケーション
ジャンル : ビジネス

「甘え」に甘えない

2011-05-08

土居健郎・齋藤孝「「甘え」と日本人」
(角川oneテーマ21)

「甘え」と日本人
亡くなられたことをきっかけに
補稿がついて新書になったのを
最近やっと知って手に取りました。
誰もが「読みました」と言いつつ
ちっとも理解されずに広まってきた
深い考察を、
この聞き手ならばとちょっと期待して
久しぶりに深く味わうきっかけに
させてもらいました。

「甘え」とカッコつきで書いてない考は
だいたい間違ってます。
日本人に広げた時点で、
もう土居先生の使うことばの意味の範囲を離れて
甘えることや日本人の甘えを非難する
恰好の道具に使われていて、
読むだけの私は
いつも独りで悲しい思いをしてきました。
『あ~また間違ってる』

新聞記事で「甘えの構造」とくくって
糾弾のキーワードに使う常套手段には
譲歩するとしても、
日本人に「甘え」概念を引用してる人にだって
引用者の考えをがしがし忍び込ませて
さも土居先生がそう言ってたかのように
無自覚に使ってる社会的文化的考察の
なんとも多いこと。

先生はそれらを甘やかして下さっていたのか、
聞けるものなら伺ってみたいと
常々思ってました。
・・・個人的なつながりはどこにもないので
勝手に私がそう思ってただけですが。

聞き手が持を沢山しゃべりたくなる
ふしぎな魅力がきっと
先生にはおありなんでしょう。
もともと独自の視点とことばと
考察をもっている聞き手が先生の話を聞いているので、
やっぱり後半は齋藤先生の持
土居先生のぶれない話とが
どんどんかみ合わなくなっていき、
選局の違うラジオを向かい合わせに置いたような
対談なのに百家争鳴
の状態になりました。
ショックと軽い不満と
ま、いっかと思う苦笑いのようなじと
両方を余韻として引きずりながら
本を閉じました。
やっぱり土居先生はすごい先生でした。

名著「「甘え」の構造」への言及を含めると
紹介しきれない程の引用ページが
ウェブにありました。

続きを読む

関連記事

テーマ : 科学・医療・心理
ジャンル : 学問・文化・芸術

ようこそ

アクセスどうも

プロフィール

ito.tamuro

Author:ito.tamuro
生きてるだけで
気恥ずかしいのは
歳が増えても
抜けません

おもちゃ箱

点取り占いブログパーツ

助かる~リンク

わりと新しい記事

すこし新しいコメント

これでも新しいトラックバック

RSSフィード

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。