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敬語に喜びをこめる

2010-07-22

Tag : 屈託

野口恵子「バカ丁寧化する日本語」(光文社新書)
「バカ丁寧化する日本語」

正しい語を文法的に語るのではなく、
どうやって話せば気持ちをこめられるのか
著者の思考プロセスが見える
実践的な本でした。
日本語を外国語として学ぶ人たちへの
教え方にも、母国語を教える立場の責任と
学生の戸惑いに対する気遣いを感じます。
語使いには多少あった自負も
いつのまにかずいぶん錆びついていたらしく、
スクラップ&ビルドしてもらえました。
おすすめしたい本です。

今後、過剰語は
「控えさせていただきたいと思います」(p.34)
いや、ホントに控えたいと思います。

いくつもの指摘があったので、箇条書き風になってしまいますが
気になったところを残しておきたいので書いていきます。
少しは参考になるといいのですが。

「さ入れ」と「ら抜き」(p.51)
五段動詞に「さ」を入れて「語らさせてもらいます」といったり
五段動詞でもないのに「ら」を抜いて「見れる」といったりするのは、
日本語自体が変化していく時代の流れなのかもしれません。
インターネット上で公開されている大阪弁の謙語の作り方を見ると、すべての動詞を「さしてもらう」にすればよいと書いてある(「全国大阪弁普及協会」のウェブサイトより)。(p.54)
「先生の弁当は、私が作らさしてもらいます」(p.55)
といった用例をみると
そんな感じがします。

登場人物と話しかける相手への意を示すために使うもの、という
語本来の用途をがたがたにしているのは、
「お客様」の絶対敬語化(p.93)
待遇表現(p.91)
のギャップだと思いました。
この辺、実際やってます。
目の前にいない不特定の顧客を
「お客様」とまとめて言うようになったのは、
いつ頃からでしょう。
それは本来の敬意といえるのかな。
患者様」という表現を画一的に使うのは、
その方向に歪んだ完成形かもしれません。
マニュアル化された接遇が、
社会に出る前の学生に正しい敬語を教える
貴重な機会を奪ってます。
知っててわざと間違えてるわけじゃないのが
そら恐ろしいです。

政治家・ニュースキャスター・レポーターが使う
過剰敬語については実例が振るっていて、
そういう話し方をする人の顔が浮かびます。

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テーマ : 日本語
ジャンル : 学問・文化・芸術

直観と信念に基づいた思想と現実

2010-07-19

斎藤環「関係する女 所有する男」(講談社現代新書)
「関係する女 所有する男」
この先生の本を読むのは少し久しぶりで、
何年も前に読んだほうは
先進的な治療の専門家が一般向けに書いたもの、
というイメージでした。
こんどのは趣がだいぶ違い、
書のような感じでした。
本の存在を知ったのは「はてなブックマーク」の
人気エントリのリストがきっかけで、
「Ohnoblog 2」さんの
「女をモノ扱いするのは男の仕様、あるいは男の性の脆弱性と所有欲について」
という記事に登場してたからでした。
僣越ながらトラックバックさせて戴きます。
論考には至らず、
この記事は感にとどまると思いますが。
私の中では賛否が入り交じってます。

バックラッシュという言葉をこの本で初めて知った位ですし、
ジェンダーとフェミニズムのことを
何か論じられる程の前提知識もありません。
過激になってしまった「ジェンダー・フリー」の考え方に対する、
いろいろな方面からの揺り戻しが起きてるようです。
「男脳・女脳」って言葉を使った本がはやりましたよね。
私も少しハマりました。
(脳機能との関連はまったく無視して、ですが。)
また「の復権」という主張になんだか勇気づけられて
そうだそうだとひとりで頷いてた時期もありました。
武闘家で思家の先生の本とブログにハマってた頃の話です。
揺れ戻しも必要なんでしょうが、
科学的に分かってもいないことに結びつけて
自らの思を正当化するのもどうかと思う、
という意味のことを著者は言ってると思います。
そっちからみればそれはその通りだと思いました。

著者の立場はその間を縫って
フロイトとラカンの着に立ち戻って考えたら
こういうことがいえないか、という、
提言というか考察というか、
結局は思や信念の表明であるように思いました。

性の関係を通して
男が女に求めてしまうもの/女が男に求めてしまうものを
つきつめて考えていくのに、

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テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

「Google 症」をググってみると

2010-07-10

Tag : 小ネタ ググ

「Google 症」と闘う医師たち

パックマンに見える円グラフの割合

「スラッシュドット・ジャパン」さんの記事によると、
現代では気になる状をググり、奇病や重病にかかったと思いこんだり誤った情報を得たりする人が絶えないという。一概には言えないのだが、自己診断をするする患者の多くが大した病気ではないことが多いとのこと。例えば首のリンパ腺が腫れた場合、医師はまずウィルスや細菌による感染を疑うが、「首 リンパ腺 腫れ」で検索した場合には疑わしい原因としてリンパ腫や白血病も挙がってくるため「最悪の事態」を定してしまう人もいる。
お医者さんは「Google 」という
新しい例に直面しているとのこと。
一家に一冊「家庭の医学」を読んでいると
恐ろしい病気にかかってしまったのではないかと思ったり、
人格障害や異常心理の解説を読んでいると
みんな自分に当てはまるような気がしてきたり、
といった、
像がドラマチックに展開してしまうことは
昔からありました。

元記事が5月19日付けなので
後からついたコメントが充実してます。
もしかして「Wikipedia

どちらかというと Okwave 系の方が危険な気がしますな個人的には

ほとんど同じ話が、2008年11月に Microsoft の研究成果として発表されています。
そのときはこの現象には cyberchondria という名前がつけられていました。

なんて感じです。

更に「Google 症」を検索してみると、

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テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

第6の大量絶滅へ

2010-07-04

Tag : もぞもぞ

吉村仁「強い者は生き残れない
 環境から考える新しい進化論」(新潮選書)

「強いものは生き残れない」
意外性に訴える題名の本で、
ブログでの書評を他にもいくつか見つけました。
この本を知ったきっかけは
「情報考学 Passion For The Future」さんの記事で、
他にも「404 Blog Not Found」さんの記事
ふたつめもありました。
トラックバックするにはおこがましいので
(こっちはそんなに中身ありません)
単にリンクのみ張らせて戴きます。

数理モデルを駆使した化生物学の先生が、
自然淘汰で生き残れるのは
協力・共生して境変化に対応できる
適応戦略をとれたものだけである、
という観察された事実を紹介してます。
利己的なふるまいや弱肉強食のセオリーだけが
生き残りの条件ではないということを
丁寧に説き明かしてます。
特に絶滅の危機に瀕するような
大きな境変化を経て生き残るには、
利他的な行動をとれる種こそが
強いのだ、という、言わば「優しい化論」です。

熱帯雨林の破壊の行を観察すると、
昔、恐竜が絶滅した頃のように
今は6番目の大量絶滅を迎える手前に
来てるんだろうという考えは、
学者の間で認識されてるようです。
化に「進歩」という色合いがしだいに薄れ、21世紀の生物学では「進化」は単に「変化」と同じ意味になっている。(p.136)
これくらい、観察の単位を大きく広げれば
確かにそうなんだろうと思います。
後から生まれてくる子どもたちに
豊かな境を残せるのだろうか、
という懸念や責任感(気負い?)も、
我ながら少し愚かしいものに
思えてきます。
個体である自分があがいたところで
どうなるものでもないんだろうなと。
別に無常観とかではなくて。

進化生物学の視点から
人間の寿命は短い。だから、2代、3代あとのことまで考えて行動することはなかなか難しい。(p.225)

と言われると、

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テーマ : 博物学・自然・生き物
ジャンル : 学問・文化・芸術

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