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人とお金が増えない未来

2009-09-12

平川克美「経済成長という病 退化に生きる、我ら」(講談社現代新書)
「経済成長という病」
気がつくと最近は
何かと
左寄りな本を手に取ってるなあ
と思います。
この本のタイトルも典型ですね。
「我ら」って表現、
久々に目にしました。

中身はそんなにこってりしたものではなくて、
入り口から先に偏見で判断されないよう
ことば使いや論の展開を
選んで書かれているように思います。
・・・それが濃いめの味つけだったりもしますが。

もともとあんまり
アメリカが好きじゃない私には、
アメリカ主導の済理論や政策論は
とてもうさんさく思えます。
そのセンでは
同感!と思うことしきりでした。
それに加えて、
内田樹先生の本を読むようになってから
ヨーロッパ、特に
フランスの思想家や学者の言い分を
目にする機会が増えました
(この本の著者を知ったのも
 内田先生つながりです)。
フランスの人口学・歴史学者(だそうです)
エマニュエル・トッドさんの著作を
この本では考えの下敷きにしています。
そのうちそっちも読んでみるかも
(かもですが)。
Wikipediaの解説
一番有名な本へのAmazonのレビューを読むと
いやー、この学者さん(というかフランス人というか)、
アメリカのこと嫌いだなあ
というのがよく解ります。
そういう先生のこと、
私は嫌いじゃありません。

もうきっと
人口も増えないし、
済も発展しないし。
とはいえ
過去の成功にすがるのでもなく、
見えない来に怯えるのでもなく。
できることをやって
PDCAを回していくのが
だいじなんですよね。
目の前で起きてることを
きちんと見据えて
やれることやらないとな。
当たり前のことを
ふだんの生活よりもマクロな視点で
確認することができました。

ネタばれ的な引用と
うさんくさいコメントは
追記にて。
グローバリズムとグローバル化とは違うのである。グローバリズムの結果、世界がグローバル化してゆくのではない。世界がグローバル化するのは、民主主義の発展や、科学技術の発展を背景にした自然過程だが、グローバリズムはアメリカないしは、その随伴国が、世界の富を収奪し、貧富を固定化するための国家戦略だからである。(p.74)
地球規模での済状況の変化を、
まとめて悪いもののように
ひねくれたとらえ方をしてました。
この「言分け」のおかげで、
視野が広がりました。
あ、そうか
グローバリズムに無理があるんだ、と。
すっかり著者に乗せられてます。

ほんとうは、消費者のニーズは多様化などしていない。ただ過剰な過剰な商品が過剰な欲望を喚起しているだけであり、消費の選択肢が膨らんでいるように見えるだけである。つまり個人の欲望が限りなく細分化されているだけである。(p.92)
ニーズの多様化、が作り出されたもので、
マーケティングのプロが
メーカーやメディアからお金とりあげて
飯の種を生産し続けてるだけなんだ、
とは前から思ってました。
同好の士の存在が確認できました。

多様性。国際性。市場性。実効性。自己責任。自己実現。これらは一連のマインドセットであり、(p.94)
くくり方が面白いです。
自己責任や自己実現というキーワードを
政治や福祉行政の観点から
見直す必要を感じたのは、
去年からです。
こうやって並べると、
そこには独特のつながり(印象形成)が、
ありますねえ。

株式会社というものを、株主主権という形で捉えている限りは、所有と営が分離した瞬間に、倫理観もまた分断されるのである。(p.118)
著者は社長でもあり、
営コンサルタントでもあるので、
私は足元にも及ばないわけで、
賛成とも反対とも
自分の考えを対比させることまでは
できません。
会社というものは
大きくなっちゃいけない、
って言われてるように受け止めてます。
ちゃんと分かってない割には
こっちのアンテナにひっかかったので、
このとらえ方を
ちょっと気にしておきたいと思います。

教育の現場に、ビジネスの等価交換的な価値観を導入してゆけば、利につながらない学問は必ず貶められることになる。(中略)これを繰り返していれば、いずれ等価交換的な価値観でしかものを考えることのできない生徒を大量に再生産してゆくことになる。教育というものの恐ろしさは、先生が生徒に授ける知識と同時に、その授け方、方法、プロセスのすべてがそのまま生徒に授けられてしまうということである。(p.182)
中略の意図は
自分が理解しやすいまとめのためで。
恣意的な引用ですみません。
教育の問題は、
内部の専門家によって語り尽くされた言説に
辟易した時期があったので、
まだその余韻を引きずりながら読んでます。
教育現場のプロにしか分からない世界がある
という主張のうさんくささと、
済原理を教育に持ち込もうとする
(主に安倍政権の頃に目立ちましたよねー)
うさんくささを、
ゴジラとキングギドラみたいに
戦わせ、
試合の行く末を眺めてみたい
気がします。

私たちは、来というものに向けたキャッチアッパーという位置に立っていたわけである。(p.224)
高度済成長が
ほぼ無限に続くと
信じることが出来た時代のこと、
こうやってまとめると
いい感じです。
その昔、
今の延長線上に来があると思えたから、
便利で洗練された生活に変化した来を
するっと描けたんですね。
それに向かって自分を駆り立てて、
描いた像に追いつけ追い越せ
って、明るく無邪気に
そう思えた昔が
イメージしやすいくくりです。

もともと人間の自然な出生率は、上記の数値程度のものであり、むしろ社会の発展段階における出生率の高さの方が異常だと考えるべきではないかと思うのである。(p.226)
(引用者注:上記の数値とは1.8人以下を指す)

子化対策っていう
「甘い汁」が
今一番うさんくさいと思います。
自然現象に対抗できる政策は
ないんじゃないのかなあ。

老いは退行であり、忌むべきものである。ゼロ成長モデルはうまくいかない。
そう思うのは、老いもゼロ成長もまだ験したことのない、来だからである。(p.234)
モデルよりも現実ですよねー。
おっかながってばかりいては
前に進めないし。
方向が見えないとどっちが前か分からない
って言い出す人がいますけど、
それは詭弁でしょう。
止まるか進むか
しかないし。
間違えたら直せばいいのだし。

うさんくさいわりに
一見前向きなまとめ方で
失礼します。
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ジャンル : 政治・経済

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