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はだかの文明化

2011-01-15

中野明「裸はいつから恥ずかしくなったか」(新潮選書)
裸はいつから恥ずかしくなったか
ほかの予約本を図書館から借りるために
期限切れで返したことのある本です。
それでも続きが読みたくて
また借りました。
貴重な情報は「情報考学 Passion For The Future」さんの記事から
いただきました。トラックバックしました。

江戸時代の庶民ははだ脱ぎの生活や行水
銭湯の混浴も厭わなかったため、
西洋人がやってくると
好奇心と驚異の目にさらされたそうです。
多彩な資料をひいてあり
それだけでも興味をそそられます。
近頃の新書本は参考文献の少ないものが多く
テーマを深く掘っていないので、
このテーマへの著者の傾倒ぶりが窺えます。

はだか」「ハダカ」「裸」「ヌード」と並べていくと、
服を着ていないことへの
視線や態度が変わってくのが判ります。
著者はこれを日本文化の西洋文明化と関連づけて
考察してます。
ひらがなだと真剣・本気・誠実というニュアンスもあります。
カタカナだと服を着ていることとの区別がはっきりして
そこから羞心が生まれてくる気がします。
漢語だと鑑賞用という感じがして
少し無理やり欲望を芸術に昇華してる気がします。
外来語だともう、すっかり
子どもに隠して見るものの記号になってます。

羞恥心が文化から生まれてくる、というのは
ごく自然な考察で
日本人は急激な文明開化によって
複雑に折り曲げた羞恥心をもつようになった、
というところが著者の主張の
オリジナリティーに感じました。

それも、外圧ではなく自粛によるトラウマであり、
明治維新は薩長に代表される下級武士によって推進されたため、
極端に西洋人を意識したお触れと取り締まりを行って
政権を維持しようとする必要があった、
という指摘が面白かったです。

日本人の神経症性は黒船来航から始まったという分析を
その昔、岸田秀の本で読んで
ずっと引っかかっているのですが、
そういう傍証の立て方もあるのかと思いました。
あとはリンクとうさんくさいコメントです。
今週の本棚:小西聖子・評 『裸はいつから恥ずかしくなったか』=中野明・著
 →ニュートラルな書評です。
裸はいつから恥ずかしくなったか/中野 明
 →目線が似てるなって思いました。
  RSS講読させていただきます。
pcatwork
 →著者のサイトです。
  ふだん書かれてる本とは
  だいぶテーマが異なってる感じです。
裸と羞恥 ~なぜ恥ずかしいのか?~
 →女子大の社会心理学の先生のホームページにぶらさがってます。
  公衆の面前での授乳の是非、は
  最近、興味深いテーマだと思いました。
やっぱりダメだね
 →amazonのレビューは先に読まない、という
  掟を破って読みました。
  小谷野敦さんがamazonのレビューで否定してるけど、
  っていうよその書き込みをみてしまったので。
  日本のことしか書いてないので厳密な意味で
  学術的ではない、というのはその通りですね。
  片翼だけで飛んでいるような読中感がありました。
  否定し去るほどの無価値ではないと思います。
  著者も限界を自覚して書いてるのではないかとも
  読んでる途中に思いました。

日本人のことだけじゃない話に広げると
今度は海に放り出されたような感じで
頭の中をどうまとめたらいいか見当がつかなくなります。
江戸時代までの日本人におしなべて当てはめていいのかも
納得しつつも自信がありません。
テーゼとして面白かった、に
自分の中では止めておきます。
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