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「甘え」に甘えない

2011-05-08

土居健郎・齋藤孝「「甘え」と日本人」
(角川oneテーマ21)

「甘え」と日本人
亡くなられたことをきっかけに
補稿がついて新書になったのを
最近やっと知って手に取りました。
誰もが「読みました」と言いつつ
ちっとも理解されずに広まってきた
深い考察を、
この聞き手ならばとちょっと期待して
久しぶりに深く味わうきっかけに
させてもらいました。

「甘え」とカッコつきで書いてない考は
だいたい間違ってます。
日本人に広げた時点で、
もう土居先生の使うことばの意味の範囲を離れて
甘えることや日本人の甘えを非難する
恰好の道具に使われていて、
読むだけの私は
いつも独りで悲しい思いをしてきました。
『あ~また間違ってる』

新聞記事で「甘えの構造」とくくって
糾弾のキーワードに使う常套手段には
譲歩するとしても、
日本人に「甘え」概念を引用してる人にだって
引用者の考えをがしがし忍び込ませて
さも土居先生がそう言ってたかのように
無自覚に使ってる社会的文化的考察の
なんとも多いこと。

先生はそれらを甘やかして下さっていたのか、
聞けるものなら伺ってみたいと
常々思ってました。
・・・個人的なつながりはどこにもないので
勝手に私がそう思ってただけですが。

聞き手が持を沢山しゃべりたくなる
ふしぎな魅力がきっと
先生にはおありなんでしょう。
もともと独自の視点とことばと
考察をもっている聞き手が先生の話を聞いているので、
やっぱり後半は齋藤先生の持
土居先生のぶれない話とが
どんどんかみ合わなくなっていき、
選局の違うラジオを向かい合わせに置いたような
対談なのに百家争鳴
の状態になりました。
ショックと軽い不満と
ま、いっかと思う苦笑いのようなじと
両方を余韻として引きずりながら
本を閉じました。
やっぱり土居先生はすごい先生でした。

名著「「甘え」の構造」への言及を含めると
紹介しきれない程の引用ページが
ウェブにありました。
甘えと日本人 (Keynotes)
ここまで書いて来て、こうした相互依存的な関係は30代より下の日本人の間にはなくなって来ているのではないかと思った。少なくとも派遣社員と正社員というように会社に対する態度が異なる人間関係では成立しにくい。この関係はどこか疑似家族的で、両者が日本的な「甘え」を体得していることを前提にしているのだろう。
 →齋藤先生がキーワード化してるように
  甘え上手になるを伝承できる文化が
  なくなってきてるのでしょうか。
  疑似家族的に甘えたりしちゃいけないと
  トラウマティックに思ってやしないかと。
  また、冒頭の
日本人の関係性構築はアメリカ人とは異なっていると主張する学者がいる。キーワードは「甘え」と「気配り」である。
アメリカ人がうんざりする日本人の特性といえば「日本人特殊」だ。
  日本人特殊という切り込みに
  目を拓かれました。
  トラックバックいたします。
☆☆☆☆ 「「甘え」と日本人」土居健郎 斎藤孝
 →狭く同質な人間関係を覚で泳ぎきってきた
  「甘えの有段者」から学べることは
  まだまだたくさんある気がします。
  トラックバックいたします。
なぜ現代日本人は甘えを氾濫させたのか
日本人の特徴はハイコンテクストな社会ということにある。ハイコンテクストな社会とは強力な同調引力を持った振動圏といえる。
(中略)
このような同調引力はたしかに容易に心理的な「甘え」に転倒しやすいしかし同調引力は心理的である前に行為的である。行為的な同調引力とは、たとえば協力して作業を行う場合の「息が合う」ということだ。日本人はこのような同調引力を単に心理的な甘えへ転倒しないように、反復訓練の中で様式化して、義理人情、忠義、お歳暮、年賀状などの社会的な規律にまで磨き上げた。日本人社会はこのような規律によって秩序だてて円滑に運用されている。
 →知ってか知らずか土居先生も
  心理面とミニマムの対人関係としての社会面を
  分かたずに語られてると思います。
  鮮やかに切り分けて書いて下さり
  読んで興奮しました。
  トラックバックいたします。
土居健郎さん、齋藤孝さん『「甘え」と日本人」角川ONEテーマ21 2010.1.10発行
 →今回また掟破りで
  Amazonのレビューを先に読んでしまいましたが、
  ことりさんと同じく、女性の
  特に母親の性からならば
  違和なくすっと入ってくるのが
  土居先生の理解のしかたなのかなと思いました。
  トラックバックいたします。
「甘え」と「KY」  -土居健郎先生ご逝去に寄せて- (第2版)
 →やっばりこの先生は丹念な読み手です。
人の中には、幾つになっても、自ら語らずとも、相手に自分の気持ちを察して欲しいという思いはあり、そうした思い全体を「未成熟な」ものだとみなすのは、明らかに行き過ぎでしょう。自分の欲求を自分の内部で冷静に客観的に吟味し、意識化した上で、言語的にアサーティブに伝える形で人とコミュニケーションするあり方のみを理想化し過ぎになるのも、「独立した自我を持つ人間」というものについての過剰に理念化したなファンタジーであると私は考えます。
  西洋人には「甘え」がない、とか
  世界はみんなアメリカだ、とか
  それこそ島国根性まるだしの日本人
  もう卒業していきたいです。
  一方で「甘え」上手でない人への
  日本人の内々でのヒステリックな批判に
  専門家として考察されているのも沁みました。
  トラックバックいたします。

独断と偏見で
対象を絞ってリンクさせて戴きます。
こうやって並べれば、
ちゃんと伝わってるか、大丈夫だと
これで安心して眠れます。
あ、でももう朝だ。
連休も今日で終わりです。はは
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テーマ : 科学・医療・心理
ジャンル : 学問・文化・芸術

hidezumiさんのコメント

トラックバック感謝です

トラバありがとうございました。滅多にレスポンスがないブログなのですっかり放置してました。

本日公開いたしましたのでご報告まで。

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