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限界を論証する理性

2012-10-06

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高橋昌一郎「理性の限界
不可能性・不確定性・不完全性」(講談社現代新書)

「理性の限界」

硬めのしっかりした本を久々に読めました。
扱う中身は広いですが、読みやすいです。
現実にはありえない人数の人が登場する
公開座談会のような形式をとって、
ジャズバンドのセッションを思わせる
話の広がりで、楽しかったです。
難しい割には眠くならなかったです。
カント主義者が徹底的に議論から
遠ざけられる役回りになっていて、
著者が構成を演出する役目も
果たしてるのだと思いました。

骨子については、ryotoさんのブログ
In the furthest place from divinityの記事
きちんとまとめられてるのを見つけましたので、
ご参照ください。
勝手ながらトラックバックいたします。

性のもとで完全に公平な選挙はなりたたない、
という論を提唱してノーベル経済学賞をとった人が
いるそうです。知らなかったです。
日本のテレビで紹介してるのを見たこともないような。
内容が難しすぎるのも確かですが、
素人は知らなくてもいいと思われてたんじゃないかと気になります。
放送大学なら扱ってますかね。

物理現象をすべて法則化して体系づけることは可能である
(公式に当てはめて測をあてきれない)というのが、
どこかで名前は聞いたことがある「確定性原理」ですが、
光とか素粒子とか目に見えないレベルの話まで行くとそうなる
ということみたいなので、
分からなくてもしょうがないんじゃないかという気もします。
分からないことが残るということに、
造物主である神の存在を仮定したくなるロマンがあります。

すべての命題を真と偽に分けて整理する論理学を
完全構築しようとしても、
本に書いてある命題だけの世界ならば可能でも、
それを言う人が命題とくっついてくると、
真と偽を決められないパラドックスが容易に生じる、というのが
完全性定理」のゲーデルに始まる一連の定理だそうです。

科学が不完全なものだと考えていいのか、
人間の理性には限界があると考えるのがいいのか、
時間がなくてよく考えられてません。
漠然と思ったのは、人は全てを秩序立てて知ったり測したり
言い当てたりすることはできないらしい、ということを
証明することができる、ということになります。
自らの限界を示せる理性はもってるということですよね。
それならば、科学技術の発展で世の中の流れから取り残された感もある
学が、まだまだ形而上学として生き残る道があることを立証してる
ことになりそうです。

Amazonのレビューもすごい数のレビューで、それを読むだけでも、この本で刺激を受けたことがよくわかる。久々に、知的面で刺激を受けた本である。
こちらも頭を使わないとついていけないのが
心地よい本は私も久々でした。
TSSさんのココログ
組み込み技術者の単身赴任日記でのコメントと
全く同感でしたので、こちらも勝手ながら
トラックバックいたします。

いつもながらレビューは記事を書く前には
よまないことにしてるので、
これからゆっくり参考にさせていただきます。
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